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ちーぼう

Author:ちーぼう
ちーぼうの、ブログへ、ようこそ!
娘がつけたニックネームで、三人の子供と、二人の孫がいてる
48才の、おばちゃん?おばあちゃん?です。
孫からは、ちーちゃんと呼ばれ、気持ちは、年齢より若いつもりだけど、身体には、自身がないです。


DATE: CATEGORY:日記
今日は、父の命日。大腿骨の骨折から入院し、入院した初日に、食事介助をしてもらい誤嚥性肺炎になり、何か月も、肺炎が治らず、亡くなってしまいました。
まさか、骨折から肺炎になり亡くなると思わず、治ることを信じていました。

もう、5年前になりました。今思うと、なぜ、家に帰らせてあげなかったのか。喉が渇き水分をほしがる父に、医者から許可がでず、何も飲ませてあげられず、ただ、治るものだと信じて、後悔してなりません。

父は、パーキンソン病で、食べたり、歩いたり、行動はゆっくりでないと、出来ませんでした。
海へ行き、海岸でこけて、大腿骨を骨折し入院になりました。

入院した翌日には、誤嚥性肺炎で、熱もでて手術は治ってからという事になりました。
病院側から、「食事は普通に食べれると言われたでしょ。」と、私たちに言われました。今まで、普通にゆっくりですが、食べれていました。
誤嚥性肺炎になってからは、口からは薬以外は、水分1滴も飲むことが許可がでず、鼻から栄養を入れている状態でした。
今日も、また、今日もと、熱が下がらず、今度は胃ろう(胃に穴を開けそこから栄養を入れる)の手術を勧められました。
その間、父は、「喉が渇いた。水・・・水・・・」と、
絶対に、飲ましてはいけないと言われ、あげることが出来ませんでした。
亡くなるくらいだったら、飲ませてあげれば良かったと、悔やんでなりませんでした。

体力もなくなり、内科に移動すると聞き、今まで内科ではなく、整形外科の先生だけで診ていたのを、初めて知った状態でした。本当に、後悔ばかり。

内科の病棟では、口が渇かないように、口を湿らしてくれたりと、今までの配慮の仕方が全く違っていました。

結果的には、体力なく亡くなってしまいました。

結果論になりますが、「家に帰りたい。」「水が飲みたい。」との訴え聞いてあげれば良かった。

ごめんなさい。お父さん。
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